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3-5 八重歯は本当にかわいい?-海外では吸血鬼の歯と呼ばれています

- 犬歯はとても大事な歯です。八重歯では機能を果たせません。 -

以前、【八重歯はかわいい? -機能を重視した本来の矯正治療】というコラムを書きました。その後、『八重歯ガール』という本が出版されたり、付け八重歯を行っている歯科医がマスコミに取り上げられたりして、八重歯に関する話題を見聞きする機会が増えているように思います。

しかし、付け八重歯をして欲しいという患者さんが来られたという話を、歯科業界内でほとんど聞きませんし、特に流行っている訳ではなさそうです。一部の人がブームを起こそうと企んでいるだけかもしれません。

『八重歯ガール』の著者である前川ヤスタカ氏は、「八重歯は日本の誇るべき文化」#1と考えているようです。八重歯をかわいいと思うのも文化であることは間違いないでしょう。しかし、誇るべき文化とは言い過ぎではないでしょうか。本来、日本の誇るべき文化とは、懐石料理やお寿司といった食文化、能や狂言などの伝統芸能、柔道や剣道などの武道などであり、これらは何れも海外から高い評価を得ているものばかりです。八重歯を吸血鬼の歯(バンパイアティース)としてとらえている外国の人には、誇るべき文化として到底認めてもらえないでしょう。"かつての日本人"を理解してもらうための、民俗学的資料としての価値はあるかと思います。しかし残念ながら、"現在の日本人"の民度が低いと勘違いされる恐れがあります。

付け八重歯って専門家から見てどうなの?歯科医88人に聞きました』というWEBページがあります。患者さんから付け八重歯の希望があったとき、やるかどうかを歯科医に尋ねた結果が報告されています。実に90%近くの歯科医が"やらない"と答えています。その理由として、「咬合、清掃性にとって明らかにリスク」、「歯医者の仕事ではない」、「皮膚科で刺青するような違和感」、「歯周病や咬合不全のリスクファクター」等が挙げられています。医療人として、当然の結果ではありますが、"やる"という不届き歯科医が少なくて安堵しました。

まず、どうして八重歯ができるのか説明しておきます。八重歯がある人は、歯の大きさと顎の大きさのバランスが崩れています。つまり、小さな顎に、大きな歯が並ぶだけのスペースが足りないのです。そのような状態で、犬歯は最後に(あるいは、最後の方に)#2生えてくるため、歯列から押し出されて外側にずれてしまいます(歯列の内側にずれることは非常に稀です)。これが八重歯の正体です。八重歯が目立ち始めるのが、小学校の高学年頃なのは、萌出する順番のせいなのです#2

さて、八重歯が何故いけないか。それは、歯に関して、美よりも機能が優先されるからです。歯は噛むための器官です。それぞれの歯には特別な役割があります。犬歯には、顎を左右に動かすときのガイドとして重要な役割を持っています。適切なガイドのもとでは、前歯や奥歯は噛み合わず、これらの歯を守る役割があります。また、顎関節にかかる負荷も小さくし、顎関節を守ることにもなります#3。八重歯は歯列から飛び出していますから、当然ながら左右のガイドとしての役割は全く果たせません。また、八重歯の両隣の歯とは重なっていますから、歯ブラシがしにくく、虫歯や歯周病のリスクが高まってしまいます。仮に、本来の犬歯が正しく機能している人に付け八重歯をした場合、機能的には問題なくとも、清掃性で問題が生じてしまいます。

ここで視点を変えて、進化の点から八重歯を考えてみたいと思います。生物の中には、華美な羽を持つクジャクや、極彩色の魚など、見た目の派手さが重要な役割をもつものがいます。これらは、求愛のためやコミュニケーションのために進化の過程で獲得したものです。もし、見た目の重要さから犬歯の存在が意味を持つなら、人の犬歯はもっと目立ってよいと思います。例えば、犬や猫などの犬歯は、前歯や奥歯と比べてとても大きく立派です。それに比べれば、人の犬歯は明らかに目立ちにくくなっています。食物の性状の変化(肉から植物へ、雑食)に合わせて、人の歯の大きさ・形が変化してきたのは明らかなように思います。つまり、咀嚼機能を司る器官としての犬歯にこそ意味があるのです。

歯は食物を取り込んで、噛み砕くための消化器系の器官であり、栄養を取り込むための最初の段階を担っています。もし、野生の動物の歯に異常があるとしたら、それは致死的な問題なのです。もし、ライオンの犬歯が折れてしまったら、肉を噛み切ることが出来なくなり、生死に関わります。犬歯が大事なのは、こんな事からも類推できます。

また、人の歯の数は、進化とともに減少する運命にあります。前から数えて2・5・8番目の歯はなくなる運命にあるとされています。前から数えて3番目の犬歯が先天的に欠如する場合は、非常に稀です。この事実から考えても、犬歯はとても重要で必要なものです。こんなに大事な犬歯が、八重歯で噛み合わせに参加しないのは、とても具合が悪いと思います

ところで、日本人の中で、八重歯を治すことにとても積極的な人たちがいます。それは、帰国子女です。八重歯を治さないでいると、何故治さないのか、外国の友人にしつこく言われるそうです。また、海外では矯正治療は圧倒的にポピュラーで、治療を受けることにほとんど抵抗感がないようです。それが証拠に、アメリカでは、約90%の人が矯正治療を受けています。それに比べて日本での治療経験者は少なく、約10%です#4

交通手段や通信手段の発達で、外国はとても近くなりました。海外旅行に気楽にいける時代です。また、日本の企業も世界中にあり、世界で活躍できる可能性も増えました。犬歯の美的基準も、世界標準に合わすべきだと思います。それは、犬歯本来の機能を重視した、健康的で、とても魅力に溢れた基準です。世界で活躍できる地球人となるべく、八重歯を治すことを検討されてはいかがでしょうか。

#1 私は、『八重歯ガール』という本を読んでいません。八重歯反対の立場ですので、気になる本ではありますが、購入をためらっています。この表現は、「八重歯は日本の誇るべき文化という著者の意見には賛同」というamazonの読者書評から引用しました。

#2 我々歯科医は、歯を、前から順に番号を付けて管理しています。1番前の歯は1番です(中切歯)。3番目が犬歯になります。6歳頃に生えてくる奥歯は6番です(第一大臼歯)。上顎の1番から6番までの歯を萌出する順番に並べると、6-1-2-4-5-3 または 6-1-2-4-3-5 となります。どちらの順番にしても、3番犬歯は、両隣在歯の2番(側切歯)と4番(第一小臼歯)の後から生えてくるのです。

#3 顎を左右に動かすとき、犬歯でガイドする咬合形式を犬歯誘導といいます。犬歯誘導がなくても、すぐに奥歯が傷んだり、顎関節症になるわけではありません。それは、歯にも、顎関節にも耐久力があるからです。しかし、犬歯誘導でない人が、酷い歯ぎしりを常習的に行っていると、この耐久力の範囲を逸脱し、ある日、歯がズキズキと痛んだり、顎関節症になったりします(【顎関節症の原因は?】を参照)。もちろん、この耐久力には個人差があります。

#4 このデータはアルファ矯正歯科クリニックの富永雪穂先生に教えていただきました。その根拠は以下のようになります。
①アメリカでは毎年380万人が受診(2008年AAO調査)
②アメリカの人口3億1,000万人
③⇒ 各年齢人口(年間出生数)約400万人
①と③からほぼ年間出生数に近い人口(約90%)が矯正歯科治療を受診している。
(ただし上記には成人矯正歯科治療やリラップスの治療も含まれていると思われる。)
④日本では、2005年と2007年の矯正歯科医会の聞き取り調査で、約10%の回答者に矯正歯科治療の受診歴があった。

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